神戸地方裁判所 昭和44年(む)585号 決定 1969年5月21日
申立人 当銘勇
決 定
(申立人、申立人代理人等氏名略)
右申立人に対する公務執行妨害、所得税法違反被疑事件(現在神戸地裁昭和四三年(わ)第一六七三号公務執行妨害、傷害、所得税法違反被告事件として係属中)について司法警察員中里毅が神戸簡易裁判所裁判官大野官次の発付した昭和四三年一一月二九日付捜索差押許可状に基きなした右申立人宅の捜索差押処分に対し右申立代理人等より準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
1、司法警察員中里毅が昭和四三年一二月三日当銘勇宅でナシヨナル製録音テープ(押収品目録、符合、番号ともに十)についてなした差押処分を取消す。
2、申立人等その余の請求を棄却する。
理由
第一、本件準抗告の申立の内容
本件準抗告の申立の趣旨は、「司法警察員中里毅が昭和四三年一二月三日当銘勇宅で同人所有のナシヨナル製録音テープ(押収品目録、符号、番号、ともに十)についてなした押収処分を取消す。神戸地方検察庁検察官は右物件を当銘勇に返還せよ。」との裁判を求めるというにあり、その理由は、申立代理人井藤誉志雄外三名作成の昭和四四年四月三〇日付準抗告申立書中の「申立の理由」の項ならびに同五月一四日付準抗告申立書各記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第二、当裁判所の判断
一、本件差押処分の存在
一件記録によると、昭和四三年一一月二九日司法警察員徳永昭は右申立人に対する頭書被疑事件に関し兵庫県尼崎市戸ノ内南ノ畑七五六番地所在右申立人宅で捜索差押をなすため神戸簡易裁判所裁判官に対して許可状の発布を求めたところ、同裁判所裁判官大野官次は右請求に応じて許可状を発布し、申立人の逮捕二月前である同年一二月三日司法警察員中里毅は、右申立人宅で捜索をなし同人所有のナシヨナル製録音テープ(押収品目録符号番号ともに十)(以下本件差押物件と略称することがある)を差押えたことが認められる。
二、本件捜索差押許可状の「罪名」及び「差押えるべき物」について
本件捜索差押許可状には罪名は「公務執行妨害、所得税法違反」、差押えるべき物は
(一) 所得税調査の対象物たる売掛、売上、現金出納帳、仕切書その他の伝票類
(二) 調査拒否を内容とする機関紙、ビラ、指令、会規約その他これに準ずる文書
(三) 公務執行妨害に使用した竹ぼうきバケツ等
と記載せられている。
三、本件差押処分の争点
本件差押処分の争点は捜査官が前記捜索差押許可状の「差押えるべき物」の(三)の「公務執行妨害に使用した竹ぼうきバケツ等」の「等」は前記罪名との関聯で「回転椅子、椅子、紙箱入り録音テープ、硫酸入りバケツ、竹ぼうきあるいはこれに準ずる物」であるとの見解に立ち、本件差押物件は右差押えるべき物の範囲にあるとしているに対し、申立人側は右「等」を「類する物」として限定的に解釈すべきであるとの見解に立ち本件差押物件は右差押えるべき物の範囲外のものであると主張する点にある。
四、本件差押処分の当否に対する判断
捜索差押許可状は捜査官の押収に対する許可状である性格から裁判書とはいえ極めて簡略なものであり、捜索の初期に当る関係もあつて「等」「類する物」「準ずる物」の如き省略文言が附加せられるのが通例であるところ、裁判官は、捜索差押許可状発布の際、捜査官が令状請求書(刑訴法第二一八条)に記載した被疑事実の要旨(刑訴規則第一五五条第一項第四号)を基本とし差押えるべき物」(同規則第一号)の許可の範囲を捜査官の提出した資料(同規則第一五六条第一項)を検討して決定するのであるから、前記省略文言の解釈に当つては単に罪名のみに拠らず、被疑事実との関聯において決するのが相当である。
そこで、本件捜索差押許可状の「公務執行妨害に使用した竹ぼうきバケツ等」の「等」に本件差押物件が包含されるか否かにつき検討するに、本件公務執行妨害の被疑事実(刑訴規則第一五六条第一項にいう罪を犯したと思料するに足る資料は当時存在した)は五箇の公務執行妨害の所為から成るものであり、各日時、妨害に使用した物件も異るところ、右竹ぼうきバケツを使用したのは最末尾に当る五番目の所為(昭和四三年九月二七日)におけるものであつて、これに先立つ三番目の所為(同年九月一一日)においては回転椅子が使用せられ、四番目の所為(同年九月一九日)においては椅子及び録音テープの紙箱が使用せられていることは、右被疑事実に明示する所であり、しかも右物件を特定掲記するのは易々たるものであるから、最末尾の所為の使用物件を挙示して三、四番目の使用物件を省略するには特段の事情がいるに拘わらず、特段の事情がない許りか、右令状請求当時において申立人が所得税の申告調査に来訪した大蔵事務官の質問調査に際して録音テープ入りの紙箱を土間あるいは応接用椅子に投げつけ「お前らのことは全部録音してあるのや、事件にしてやるから覚えとけ」と公務執行妨害の被害者たる大蔵事務官にいつたことは判つていたのだから、右箱入り録音テープが右第四番目の所為の使用物件であるのみならず、第三番目の所為の情況証拠となりうる見込みもあつたから、もし差押えるべき物としていたのならかかる物件を特定明示せず、竹ぼうきバケツの挙示にとどめその余の物件の記載を省略する実情になつたこと、更に第五番目の所為については右令状請求当時バケツに入つた液体の正体は必ずしも明らかでなかつたから「等」を以て表現するにふさわしく、現に本件差押時に燐酸記名入りの一斗罐(中味は硝酸など約三分の一入り)が差押えられていることなどを考えると、前記「公務執行妨害に使用せられた竹ぼうきバケツ等」の「等」は、本件公務執行妨害一般に通用さすための挙示的記載を示す省略文言ではなく、被疑事実の第五番目の所為に使用した物件の省略を示すものであり、右の限定は捜索差押許可状請求者みずからが限定抑制したもので、裁判官の許可の裁判においても右範囲で考量せられたものというべく、したがつて、本件差押物件は右許可状の差押えるべき物の「公務執行妨害に使用した竹ぼうきバケツ等」の範囲の埓外にあるものというべきである。
更に、本件差押物件が前記許可状の「差押えるべき物」の第一号、第二号に該当するか否かを検討するに、右第一号は本件公務執行妨害ならびに所得税法違反の被疑事実全般につき大蔵事務官の所得税申告に対する質問検査の際対象となつた帳簿、伝票類を差押物件としたものであり、右第二号は申立人の各所為の組織的背景及び犯行の動機となつた機関紙、ビラ、指令等の文書類を対象とするものであるところ本件差押物件は前記公務執行妨害の第四番目の所為の示威に使用した物件(但し、起訴状では、この示威は犯意の関係からか記載せられていない)で、第三番目の所為の状況を録音したもので右第一号第二号のいずれの物件にも該当しないことは明らかである。
右の次第であるから、本件差押物件は本件捜索差押許可状の差押えるべき物の範囲になくしたがつて、前記司法警察員による本件差押物件に対する前記差押処分は刑訴法第二一八条第一項の裁判官の許可令状を欠く違法のものといわなければならない。
五、本件差押物件の返還申立の当否について。
申立代理人等は本件差押物件の返還を申立てているので判断するに、本件差押物件は現在神戸地方検察庁検察官において公判廷(本件公務執行妨害の五箇の所為は全部起訴せられている)で提出する予定の下に保管せられていることは一件記録により明らかなところ、本件差押物件に対する差押処分が取消され確定した暁には、検察官は、違法差押物件の返還については刑訴法規に何等の手続規定が定められていないけれども、適法に押収せられた証拠品返還に関する手続を定めた刑訴規則第一七八条の一一を準用して本件物件を所有者たる申立人に返還する手続を採ることが予期せられ、右措置を採らず、返還手続法規欠缺を理由に右物件の押収を持続すると疑うに足る特段の事由もその資料も存しないので、右返還を求める申立代理人等の申立は理由がないというべきである。
六、むすび
右次第であるから、本件差押物件に対する前記差押処分は失当であり、この点に関する準抗告の申立は理由があるので、刑訴法第四三二条四二六条二項により右差押処分を取り消し、その余の申立は失当であるから同法第四三二条第四二六条第一項によりその申立を棄却する。
そこで、主文のとおり決定する。